ぼんやりしたやさしい記憶

爽やかに晴れた祝日

1年ぶりにリニューアルされた

豊田市美術館を訪れました

 

この日は前庭で、小さな青空マーケットが開催されていて

様々なお店がテントを広げていました♪

かわいらしい小物のお店や

目の前でコーヒーを丁寧に淹れてくれるお店…image

 

いつ訪れても

こういったお外のイベントは

わくわくします(*^^*)

 

そして幸運なことに

美術館ではリニューアルオープン記念ということで

ジャズの演奏を聴くことができました♪

 

曲目のなかで印象に残ったのが

東北大地震の被災地をまわって演奏活動をされている方が作曲された

「ラ•メール」という曲でした

 

メロディも美しく切なかったですが

その方の想いもまた、心にせまるものがありました

 

「海のそばで

海と共に生きてきて

そして海によって悲しみを背負った

そんな人々が

それでもやっぱり海のそばで暮らし

またいつか

海の美しさに癒されて

海を好きだと言える日が来たらいいな・・・

そんな想いを込めて、作曲しました」

 

 

 

自分が頼りにしていたものや

そこに寄りそって生きていたものが

突然手のひらをかえしたように

自分や大切な家族を傷つける

それによって、大きな悲しみを背負う・・・

 

そんなことが

天災に限らず

人間関係のなかで

社会生活のなかで

人生の道筋には、ところどころで待ち受けていることがあります

私たちのそれぞれが

それぞれの人生に用意された試練を経験します

 

それはときに

大きかったり、小さかったり

強かったり、弱かったり

悲しみというかたちになったり

怒りになったり・・・

 

それらを体験しながら

たとえ超えられそうもないくらいの試練に会ったとしても

それでもやはり、前を向いて、進んでゆかなければいけない

それが、生きるということなのでしょう

 

もし大きな心の傷をおったとして

そこから進んでゆくときに

皆さんだったら、どうするでしょうか

 

例えば…

①その傷にフタをして、見ないふりをして歩き続ける

②その傷を思いださせるようなことを、なるべく避けて通る

③勇敢にその傷に向かい、乗り越えようとする

④悲しみに浸って、悲劇の主人公になりきって過ごす

⑤時間が経って、忘れるのを待つ(でも結局、心の奥底では忘れてなかったりするのだけれど^^;)

⑥心底から、許せる日がくるのを待つ

 

他にもきっと、いろいろあるでしょうね

その都度、状況によって、どれを選ぶかは異なるのでしょうが…

 

 

 

以前インドで出会ったアーユルヴェーダのドクターが

話してくださったことがあります

 

“私たちはね、悲しみや辛かったことというのは

ついつい喜びや平穏な思い出よりも

よく記憶に刻まれていて

それはときに、クローズアップされて

実際よりも、大きくなっていることもあるんだよ

 

もし君が、小さな頃の思い出に

苦しんでいるのであれば

それと同じくらい

いい思い出も、きっとあるはずだから

そこにも目を向けてみてごらん

 

楽しかったこと、嬉しかったことは、なかったかな?

そういった思い出も

悲しかった思い出と同じくらい

自分のなかで大切にしてごらん

 

いつかきっと

君の中での悲しみは

薄まっていることに、気がつくはずだよ(-_^)”

 

と、愛をこめて、話してくださいました

 

 

 

辛かったことや悲しかったことというのは

自分の中で、心を痛めた大きな事件となって

いつまでも自分の心を縛ったり

苦しめたりする場合があります

 

その記憶は、ときに

実際の出来事以上に大げさになっていたり

自分の都合で解釈が曲げられていたりすることもある

(被害妄想しすぎていたり…)

 

心というものは

平和が好きだと言いつつも

刺激的なことの方を、つい選んでしまう

そんな性質があるようです

(困ったちゃん^^;)

 

味の薄い病院食よりも

しっかり味付けされた外食のほうが

美味しく感じる(≧∇≦)

・・・そんな感じでしょうか??

 

 

 

ドクターにこの言葉をいただいてから

私のなかに

⑦薄まるのを待つ

という選択肢が増えました

 

それは、心を痛めた記憶にフォーカスしすぎずに

そのすぐそばにある優しい思い出も

同じくらい大切にする

ということです

 

例えば誰かの言葉に心が「ズキン」と傷ついたときに

その記憶だけを抱えて過ごすのでなく

その人との違った思い出も、ちゃんと大切にしてみる

なるべく近い時期での記憶

 

そばにある思い出というのは

「ズキン」の時期に近ければ近いほど

効果的な気がします

 

⑦は、少し時間はかかったとしても

私にとって、心に無理なくできる、一つの方法でした

⑦をすることで、⑥が自然に訪れたりもしました

 

 

 

記憶というものは

ときにやさしく、そしてときに残酷です

それでも人は“覚える”という能力を持っているからこそ

思いやりや愛情も持てるように思います

 

であるならば

強い記憶も、やさしい記憶も

自分の内側で優劣をつけることなく

ぼんやりとやわらかく

色鉛筆で描かれた絵本のようにして

私たちが前に進むための大切な記憶として

持ってゆけたらいいなぁと

そんなことを感じましたimage

 

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