天地の恵み

 

島のあちらこちらでトンボが舞い

秋の虫が歌う、今日この頃

稲刈りのお手伝いに行ってきました

 

こちらでは

4月に田植え

8月には稲刈り…と

台風の影響も考えて

作業は早め早めに行われるそうです

 
 

山に囲まれたのどかな田んぼの横で

子どもたちがきゃっきゃっと遊ぶ姿は

なんとも微笑ましい…

 

そういえば、島に来るときに

持ってきた息子のおもちゃといえば

絵本と折り紙くらい

 

それでも、ここには

大自然という豊かで好奇心をそそるものが

無限にあり

息子は毎日

本当に生き生きと遊びまわっています

 
 

大人たちは

お陽さまの下で

海を眺めながら

美味しい空気を吸って

汗をいっぱいかいて

稲を刈りました

 

鎌でひと束ひと束

ザッザッと刈りとっていく

初めての感覚は心地よく

身体に響きます

 

「お米たちもこの海を眺めて

お陽さまと大地から栄養をもらって

成長してきたんだなぁ〜」

 

「このお米粒ひとつひとつが

また私たちの命をつないでくれるんだなぁ〜」

 

そんなことを感じたのは

こちらで偶然出会った

一冊の本の影響です

 

「奇跡のリンゴ」

リンゴ農家である木村秋則さんが

無農薬のリンゴ作りに

人生をかけたノンフィクションです

 

 

世間では無農薬でリンゴを作ることは

不可能だと言われていたけれど

それを何年もかけて

可能にした背景には

 

果てしない苦労と

諦めない信念と

目の前で起きていることを、よくよく見る観察力…

がありました

 

繰り返される失敗と挑戦のなかで

木村さんは悟ったそうです

 

「リンゴの木は、リンゴの木だけで生きているわけではない。周りの自然の中で、生かされている生き物なわけだ。人間もそうなんだよ。人間はそのことを忘れてしまって、自分独りで生きていると思っている。そしていつの間にか、自分が栽培している作物も、そういうもんだと思い込むようになったんだな。」

 

「リンゴの木は、リンゴという果実を生産する機械ではない。リンゴの木もまた、この世に生を受けたひとつの命なのだ。」

 

農業をするうえで

生産性や見た目の美しさを求めてゆくうちに

目の前の作物が命であることを忘れて

人為的なチカラでそれを操作しようとすると

 

そこに自然界の不調和が生まれ

病気や虫の大発生が起こる

 

それは病気や虫が悪いのではなく

自然界がもつ圧倒的な調和力と回復力によるもので

人間である私たちが、それを操作することはできない

 

リンゴの木は

自然の中で、自分の生きるちからを養い

花を咲かせ、果実を実らせてゆく

人間は、それをほんの少しお手伝いできるだけなんだと

木村さんは仰っていました

 

目の前の生きとし生けるものを

今の私はひとつの命として眺められているだろうか…

 

食卓に並んだ食べものを

それぞれの命としてありがたく頂戴できているだろうか…

 

あらためて、ふと周りを見渡すと

たくさんの命が

生命力に満ち満ちてよろこんでいる

屋久島の風景がありました

 

さっきよりも

少し明るくて、きらきらしているような… ☆*:.。. ☆*:.。.

 

あぁ、この感覚を、自身の全てで実感したくて

私はこの島に来たんだなぁ…

そう思えた瞬間でした

 

 

この島で作られた

無農薬のお米を初めていただいたとき

あまりにも複雑な味がすることに

驚きました

 

お陽さまの味だろうか…

それとも屋久島の美味しい水の味?

大地の味??

 

作り手さんが

「昔のお米の味がするよ!」

と話してくれたけど

天地の恵みが詰まった作物は

こういう味がするのかな…

 

これが、巷に溢れている”食べもの”と言われるものたちが

忘れてしまった

本来の姿なのかもしれません

 

眼を閉じると

そのお米が育った景色が

浮かんでくるようでした

 

 

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