内なる神性

 

ひと月ぶりに

屋久島に来ています

 

今日は、家族で「ヤクスギランド」に出かけました

名前はどこかのレジャーランドを思わせますが^ ^;

標高1,000メートル付近にある自然休養林で

苔深い森を、ゆっくりと散策することができます

 

気軽に歩くことができるコースもあるので

幼い息子も一緒に楽しめる

わが家のお気に入りスポットです

 

 

野生の猿や鹿に遭遇したり

カエルと話したり

苔をなでなでしたり

大木を抱きしめたり…

 

オフシーズンの平日は

人目を気にせず

森と遊べます

 

 

今日一番印象に残ったのは

「仏陀杉」

圧倒的な存在感をもって

目の前に現れました

 

推定年齢は1,800歳とも言われ

生きてきたその年月の長さをもの語るような

うねるような木肌と苔むす様子に

言葉を失い

見上げるばかりでした

 

 

その前で佇み

何も言わずにただそこに”在る”姿に心を寄せながら

存在自体が”神性”であることを

ひしひしと、感じました

 

そして

ゆっくり、かすかにではありますが

あぁ、自分の中にも

同じ”神性”が、息づいているのだなぁ…

ということが、浮かんできました

 

この小さなわたしという存在も

“神性”であり

 

また目の前の夫や息子や

友人や、すべてのお人も

“神性”の現れである

 

それを忘れるんじゃないよ

ちゃんとあるんだよ

それが杉からのメッセージであるような気がしました

 

時に小さな諍いや

取るに足らない執着心や

誰が決めたのかわからない「こうしなきゃ」が

その”神性”を

簡単に見えなくしてしまう

 

どうかどうか

目の前のすべての物人事に対して

“神性”を見い出し

敬いながら、生きられますように…

 

今日の仏陀杉の姿を

心によくよく

焼きつけておこうと、思いました

 

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